2026/01/14 22:37



少しだけ自分の好きなブランドについて話させて頂きます。
歴史を知ることでアイテムをもっと深く楽しめると思います。

今回は大好きなジョルジオ・アルマーニについて

アルマーニは1934年7月11日生まれ
しつけに厳しく教育熱心な母とファシスト党員の父

母は戦時中でも物資がない中、軍服や生地を使って服を作りアルマーニに着せていたそうです。

父と母そして戦時中
これらから大きな影響を受けたアルマーニはファッションに興味を持ちミリタリー等を参考にした作品を生み出す要因になりました。

しかし意外にも最初に志した道は医学でした
高校卒業後、ミラノ大学の医学部に入学したが、3年の時に退学。

道に迷いとりあえず徴兵につくことに。

軍人を続けながら仕事を探す日々を過ごしていた時、相談を受けていた幼なじみからミラノ大手百貨店が人材を募集している事を教えてくれました。

徴兵を終えた後、彼は百貨店でアパレルバイヤーとしてのキャリアをスタートさせました。
ここでアルマーニは才能を発揮させ彼が仕入れた服は飛ぶように売れたらしいです。

そしてバイヤーのキャリアを詰んだ後、1965年にNino Cerruti(ニノ・セルッティ)にスカウトされ、「Hitman(ヒットマン)」のデザインアシスタントとして活動して行きました。
ここでも彼は、才能を発揮しスーツの概念を覆す可能性を示しました。
これはまた後で触れます...

順調にキャリアを積んでいたアルマーニですが、セルッティでの活動に限界を感じ始めていた頃、建築家で10歳以上も年下のSERGIO GALEOTTI (セルジオ・ガレオッティ)と出会います。

彼はアルマーニの才能に魅力を感じ、独立を進めました。
最初はあまり乗り気ではなかったアルマーニも結局は彼の熱意に押され、1975年にセルジオ・ガレオッティと共に自身の名前を冠した"Giorgio Armani "を設立。

41歳でデザイナーと、遅咲きではあったものの、彼の作る服は瞬く間に色んな人を魅了しました。

特に76年の秋冬ではメンズには女性の様な"しなやかさ"を取り入れ、レディースには男性のような厳格さを取り入れたコレクションを発表しました。

まさしく女性は女性らしく、男性は男性らしくの概念をねじ曲げた瞬間だと思います。

特に当時アメリカでは女性の社会進出が進んでおり、ARMANIの作る作品は新しいオフィス スタイルを探す女性達から非常に人気だったみたいです。

アルマーニが女性達に起こした革命は、もはやココ・シャネルが起こした革命に近いのでは無いでしょうか。




そして彼はメンズファッションにも大きな革命を起こしています。

肩パットや裏地などスーツの堅苦しさを取り除き体に馴染む様に仕立てたスーツ。

アルマーニの代表作でもあり名作の"アンコン ジャケット"です。

アンコンジャケットは多くの紳士からの支持を受け瞬く間に世界中が注目するアイテムとなりました。

これはセルッティで活動している時に彼が指示したスーツの可能性をアルマーニで定番化させた作品であり、後にアンコン革命と呼ばれました。

それは意図的にARMANIが起こしたことではないが、ARMANIが求めてる"自由"の概念がそうさせたのだと思います。

ARMANIが求めるのは常に"自由" "機能的" "エレガンド"

服は着る人の個性や魅力を引き立てるものであり、機能的でエレガントでなければならないと言うのがアルマーニの哲学。



そんな彼の作るは作品は縫製やディテールまでもが完璧で、決して妥協は許さなかったと言う。

リチャード・ギアを初め、様々な俳優が着るようになっても、決して奢らず"セレブ御用達のデザイナー"と言うレッテルを嫌い自身の思想を貫く、"モードの帝王""' アルマーニ帝国"ジョルジオ・アルマーニ

彼の思想は自分が服を着たり扱ったりするうえでも影響を受けています。


彼の歴史を語るにはこんなものでは足りません。
でも!この投稿で少しでも関心を抱いてくれたら嬉しいです。
気になる人は色々調べてみてください